手術室の人間関係はなぜ良くないと言われるの?原因を徹底分析


img_or_relation00

「手術室の看護師は怖い」「独特の冷たい雰囲気がある」などとよく病棟看護師から言われます。多くのナースサイトでも、手術室の人間関係に関する悩みが非常に多くトピ立てされていますね。特に一番低いポジションの新人看護師のストレスは高く、どこの施設でも1年続けるのに大変苦労をします。

なぜ手術室は人間関係が良くないと言われるのでしょうか?こんなトピがたくさんでは、もし手術看護に興味を持ったとしてもちょっと考えてしまいますよね。

私は手術看護は最も面白い分野だと思っているので、少しでも興味を持った人はどんどん経験してほしく、人間関係の問題で尻込みさせていてはいけない!という勝手な使命感を抱いています。

どんな問題も渦中にあると飲み込まれてしまいますが、少し離れた場所から客観的に問題を捉えられればそれほど巻き込まれることはないはずです。

ということで、手術室の人間関係が悪くなりがち問題の原因を、今日は徹底分析していきます。

書いているのは私です。
NurseVery運営者 安江夏希

img_natsuki_icon

>プロフィール

患者さんの目がないから

まず絶対的に病棟と異なる環境の違いというと、患者さんの目がないという点です。

病室では患者さんやご家族の目があるので、看護師同士で言い争う場面など見せられるはずもなく、嫌な感情の表出はかなり抑制されます。ナースステーションもオープンな設計になっている所が多く、ご家族や他職種のスタッフ、メーカーさんなどもたくさん訪れます。常に見られている意識が働く環境になっているのです。

一方手術室では、患者さんを迎え入れて5分で全身麻酔を導入し、それから何時間とスタッフだけの密室となるのです。ご家族が覗くことはありません。どんな言葉を使っても抑止する目はないので言いたいことを言えてしまうのです。

また、手術室では意外と手術をしていない時間もたくさんあるのを知っていますか?部屋を準備する時間、器械を準備する時間、片付ける時間・・・テレビに映る手術シーンは実はほんの一部で、患者さんと一緒にいない時間が他にもたくさんあるのです。そうなると患者さんが寝ている寝ていないにかかわらず、スタッフ同士で揉め事になる機会に恵まれてしまいます。

イギリスのコーヒー実験

イギリスでこんなおもしろい実験が行われていました。

「1杯50円」という張り紙とともにコーヒーサーバーを置いておくと、お金を払ってコーヒーを入れた人は1割だったということ。ところが、その張り紙を、目の写真が写っているもの変えると、なんと7割の人がお金を払ったといいます。

でもジェントルな日本人ならちゃんとお金を払うのでは?とも思いますよね、調べると日本でも似た研究が行われていましたよ。

京大の片付け実験

京都大学で行われた実験は、大学のカフェテリアに食器を片付けるように促すポスターを貼って、どのくらいの人がちゃんと片付けるか調査したというものです。そしてそのポスターは、目がプリントされたものと、目がないものの2種類。

結果、目がないポスターを見て片付けた人は65%、目があるポスターを見て片付けた人は80%ということ。
引用 http://kokoro.kyoto-u.ac.jp/jp/kokorogaku/2011/01/post_15.html

ポスターの偽物の目でこの差なら、患者さんの目ならもっと差がでるのではないでしょうか。

患者さんが眠っているからといって倫理に欠ける!とひと蹴りにしたらそれで終わりですが、人間は完全ではなく、こういった性質があることは知っておくべきことです。患者さんの目のない手術室は、ついストレートにものを言ってしまいやすい場所なんです。

img_or_relation01

毎日スタッフ全員と顔を合わせるから

手術室看護師のシフトで特徴的なのが、毎日スタッフ全員と顔を合わせることです。

病棟は年中無休の24時間営業なので、それに対応するシフトを組むと、しばらく顔を合わせない看護師同士も出てきます。すると、たとえ誰かとトラブったとしてもその日限りで、次に会った時には忘れているくらいということも多いです。

しかし手術室は基本的に月-金の日勤帯が稼働時間なので、勤務する看護師は毎日顔を合わせるのです。ひとたび問題が発生すると、次の日も、その次の日のも尾を引きやすく、深みにハマる可能性があります。

人の脳はすぐ忘れるようにできているはずなのに

昨日の夜食べたものをなかなか覚えていないように、人の脳は基本的にすぐ忘れるようになっています。なぜかというと、記憶を一時的にストックする海馬のキャパは狭く、本当に必要な情報は大脳へ、そうでないものは消去という具合にどんどん処理されているからです。

それが吉か凶か、トラブルを抱えた手術室看護師同士は、毎日顔を合わせて思い出すことにより嫌な感情を必要な情報と判断し、より強固な記憶へと発展させてしまうのです。

嫌な記憶は忘れにくい

さらに悪いことに、嫌な記憶は特に忘れにくいようにストックするシステムになっています。嫌なことはきちんと記憶して同じ失敗を起こさないようにしようという防衛反応だからです。

嫌な記憶を大脳にしっかり記憶し、振り返ってみると気づけば辛いことだらけ、なんてことになりがちなのが手術室看護師のシフト。脳の記憶システムが裏目に出てしまっています。ちなみにおしどり夫婦の秘訣には”適度な距離感”とあるんですよ。看護師間も適度な距離感をとりたいものです。

窓がない閉鎖的な環境だから

img_or_relation02

手術室は人間にストレスを与える構造上の問題があります。それは窓がない閉鎖的な環境なこと。

手術で大事なのは光です。無影灯が見たい部分を完璧に照らしていないと、安全な手術ができず、ほんの、ほんのちょっとの影を術者は嫌うものなのです。窓があって自然光が差し込んでしまうと、無影灯の光とバッティングしてしまうんですね。

私はミャンマーで手術の介助をしていたことがありますが、現地は電気が不安定で停電になってしまうことがしょっちゅうでした。そんな電力事情のためか、私の知っているミャンマーの2つの病院のどちらにも、手術室には窓がありました。しかし停電時には助かるものの、特に夕日が差し込んでしまう時間帯にはかなり調整が難しく、大変だったのを覚えています。

自然光は精神を安定させる

調べてみると、自然光は人の精神状態にとても影響を与えるようです。セロトニンという脳内物質は精神状態を調整するものと聞いたことがあると思いますが、そのセロトニンは日光を浴びることでよく分泌されます。つまり光を浴びられない時間が多いと精神が不安定になるのです。

刺激がないと元気でいられない

環境心理学の分野でも、「視覚刺激としての窓」として研究されていて、

窓の与える心理効果については、開放感の形成、眺望への要求、情報の経路などさまざまな具体的な側面をとらえて論じられ、それぞれ細かな要素について個別の効果が言及されるが、これらを総合して大局から見ると、つまるところ視覚的な刺激の源として窓をとらえることができる。〜略〜 人間は無刺激の世界には適応できなく、活性を保つためには適度な刺激が必要である。

引用 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jieij1980/82/9/82_9_743/_pdf

簡単に要約すると「窓は視覚に刺激を与えるもの、それがないと人間は元気でいられない」ということを言っています。

無刺激の部屋に一日中いると、何もなくても精神が抑鬱傾向になるのです。そこで手術室看護師が他にちょっとしたストレスを抱えたとしたらどうでしょう?それが大きくなって他人に配慮できなくなることは容易に考えられるのです。

ちなみに私が働いていた病院が建て替えをした際には、副院長の外科の先生が、どうしても手術室に窓を!という希望で、手術室の廊下には大きな窓を一面に作ってくれました。朝はすがすがしいし、夜景も綺麗でした。

自己肯定しにくいから

最後に最大の特徴として、患者さんからの「ありがとう」がなかなか聞けない点が挙げられます。

病棟看護師のモチベーションを保つひとつの要素には、「患者さんの笑顔のありがとう」があり、それがあるから辛くてもやっていけるという声をよく聞きます。

手術室でも「ありがとう」が聞けないこともないのですが、実感を得られないというのがほんとのきもち。だって手術中のことは何にも知らないわけですから。

患者さんは手術をしてもらったことが嬉しくて感謝の気持ちを言われるのだけれど、それを無事にやり遂げたのは確かだけれど、そうじゃなくて本当は、

●「体内遺残のないように、大量のスクリューとナットを数えてきちんと管理してくれてありがとう」

●「一つしかない特殊な器械を、前の手術の人と私に確実に使えるように、時間に追われる中手配してくれてありがとう」

と言われたいわけです。知る由もないのですが。

病棟では、ひとつひとつの行為にダイレクトに感謝を伝えてもらえることが多いですが、手術室看護師が最も認めてほしいと思うところは、自分で認めてあげる以外ないんです。

医師が看護師を褒めることはまずない

ちなみに医師が手術室看護師を褒めることはまずありません。最も近いところにいるパートナーなのにそのコミュニケーションがないのが不思議ですよね。

私は9年手術室で勤務した後次の目標のために退職したわけですが、未練なくやりきったと感じられた理由のひとつには、9年目にようやく医師に褒めてもらった経験を得たことです。もちろん一言ぽろっと。あまりにも嬉しくて今でも誰がいつ言ってくれたのかはっきり覚えています。そのくらい奇跡的なことなんです。

自己肯定はハッピーの源

人間は自分を肯定し認めることで幸福を感じ、ものごとに意欲的になれるのです。肯定するには自分で認めてあげることと、他人から認めてもらうことの両方が必要ですが、患者さんや医師から認めてもらえない環境なら、自分で自分を認めるしかなく、それが上手くできない人は心がすさんできてしまいます。

そういう人はどうなるかというと、他人の価値を下に落として自分の価値を保つしかなくなって、つい人間関係が余裕のないものになってしまうのです。決して華やかではなく厳しい世界なのが手術室です。

しかし、簡単に「ありがとう」が手に入らないからこそ、自他ともに本当に認められるプロを目指し意識高く精進していけるのが手術看護。ひとつの技術を認めることができたなら、ゆるぎない自信も一緒に手にすることができるのです。

img_or_relation03

今回考えてみたところ、手術室の人間関係が悪くなりがちな理由が4つ出ましたが、それで何が言いたいかというと、手術室は決して嫌な人が集まっているわけではないということです。

ただでさえ緊張感の高い職場であることに加えて、関係悪化を手伝ってしまうような仕方がない状況があるのです。

でもそれがわかれば、相手の配慮のない言葉をスルーさせることができる気がしませんか?そして自分の態度も気をつけることができますよね。手術看護が好きなら上手くやっていってほしいし、興味を持った人にはどんどんチャレンジしてもらいたいです。

今回は分析するところまででしたが、次は私が実践した職場環境改善プロジェクトのお話を書きたいと思います。このような環境だからこその、陽の要素を意図的に注入した取り組みです。お楽しみに!

手術室の人間関係にすっかり疲れてしまった人は、手術室看護師さん専用の相談サロンでカウンセリングもやってます。ぜひ愚痴を言いに来てください!